親が子を思う気持ちとは

」降園

 

朝、祈る

親が子を思う気持ちを裏切らないように

 

 

“こんなにも、親というものは子どものことを思っているのだなぁ…”

そんな気持ちになった一日でした。

 

今日は、4月から授業を行わせていただく保育園に行ってきました。

 

ちょうど、お母さまたちがお迎えに来る時間だったので、その度に園長先生は、席を立ち、話をしに行きます。

 

お母さまたちは、皆一様に、園長先生が話す「我が子の保育園での様子」に耳を傾けます。

 

「○○くん、泣いているお友達にやさしい言葉をかけてくれたんですよ!」

「そうなんですか?うちでは全然そんなこと言いませんよ…」

 

話を聞いているときのお母さまの表情が、どんどん笑顔に変わっていきます。

みな、こんなにも我が子のことを愛しているのですね。

 

1人1人、話すことも違えば、表情も違います。

しかし、その、どれもこれもに愛情が溢れていて、私は、もう胸がいっぱいになりました。

 

同時に、自らを省みて、少し恥ずかしくなりました。

 

私がお母さまたちから受ける質問は、「勉強法」であったり、「成績、評価」であったりします。

 

やはり、「うちの子どうでしたか?」と聞かれます。

 

それに対して、とかく、自らに権威づけしたくて、「~ができていませんね」と言ってしまいます。

偉そうにです。

 

ある時は、とかく、自らを大きく見せようとして、「~が弱いですね。このままでは…」と言ってしまいます。

偉そうに…

 

また、ある時は、自分の弱さを隠すために、「~をやらなければだめです」と言ってしまいます。

本当に偉そうに。

 

言っていることは、経験に基づいたアドバイスなので、確かに間違ってはいません。

 

しかし、ふと、思います。

自問自答を繰り返す時があります。

 

「神山、おまえ、それは、愛のある言葉なのか?」

「神山、おまえ、それは、本当に相手の幸せを思っての言葉なのか?」

 

私は思います。

 

せっかく、保護者の方やお子さまたちと接する機会をいただいているのです。

なかなか、あることではありません。

千載一遇です。

 

だから、

神山である時も、

かみやまであるときも、

カミヤマデアルトキモ、

KAMIYAMADEARUTOKIMO、

 

つまり、どんな時も、愛を持って保護者の方々やお子さまたちと接っしていきたいのです。

 

 

園長先生は、毎朝、必ず祈っていると言っていました。

 

子どものことを思い祈り、親を思い祈るそうです。

 

顧みて、神山はどうでしょう?

祈っていますか?

子を思い

親を思い

 

祈っていたとしたら、それは十分な祈りですか?

祈っていたとしたら、それを実行にうつしていますか?

 

神山を見て、神山の言葉を聞いて、

「なんか、愛が足りないよね」と感じたら、私に教えてください。

 

人はいつでも、自己中心的な考えに陥ります。

 

教師、講師、先生と呼ばれる職業は、まさにその危険と背中合わせです。

 

そうならないように、私は今日も、明日も祈ります。

 

いつも、みなさまからお預かりしているお子さまのことを応援できるように祈ります。

 

弱く、独善的な私ですが、少しでも皆様のお役にたてるように祈りのある生活を今日も明日も明後日も送ります。

 

 

 

 

感謝の意を込めまして                                     神山眞